久々の古池・種池
夏の汗のながれるのを何とな忌避していたような戸隠街道をようやく登って行く気になったのだろうか、あるいはお天気が下り坂になると耳に入ったからだろうか、気付いたら朝焼いたばかりパンを切ってバターとジャムをはさんでいた。それに未だ飲みきってなかった珈琲と牛乳を小さな瓶につめて昼食(実際には午後三時のオヤツになったけど)とし直ぐさま自転車に乗った。黒姫西麓の湖沼に向かう、今年の紅葉はあきらめていたから大した期待はなかったのだが、その故か、始まったばかりの森の秋の彩りは思いがけない贈物に感じられた、そして何処までも穏やかで閑か、たとえ紅葉の始まりがなかったとしても、これで充分だ、と思う。
森や林間をぬけて路上に出、自転車にまたがって疾走(帰路は長い下り坂だ)しながら思案していたことは──あろうことか──放射能/放射線測定のことだった。その仕組みを考えていると、また低線量長期被曝のことが頭にあると、昨今の当量線量(皮膚下1cm相当量)万能では何か抜け落ちて仕舞うと思えてくるのだが、その遠景に、人類が核開発の開始と同時に地球に放出してきたであろう放射能のことがある・・・私たちはそれらから逃れることは出来ないのだろう、そしてそれが私たちにどのように襲いかかるか、おぼろげに輪郭が見えだしている。そんな人類に希望があるとすれば、唯一、人為の放射能がこれ以上ふえないと云うことかも知れない。
2011年42週
